聖飢魔IIは、日本のヘヴィメタル界を代表するバンドで、悪魔という設定と、そのギャップに驚くほどの高い歌唱力&演奏力が魅力です。
■ 主なメンバー(構成員)
※聖飢魔IIはメンバーを構成員と表現しています。
- デーモン閣下(ヴォーカル) デビュー時~解散まで
圧倒的な歌唱力と特異なキャラクター性でバンドの象徴的存在として君臨。
その前はサンプラザ中野が抜けた後のヴォーカルとして「スーパースランプ」に所属していた。
※スーパースランプ
「サンプラザ中野」がヴォーカル「パッパラー河合」がギタリストとして所属していたバンド。
後に「爆風銃(バップガン)」のベーシスト「江川ほーじん」とドラムの「ファンキー末吉」と組み、それぞれのバンド名を取って「爆風スランプ」が生まれる。 - エース清水長官(ギター) デビュー時~解散まで
メロディアスなサウンドを得意とするギタリスト。オペラ歌手の両親を持つ音楽一家の息子。
聖飢魔Ⅱのデビュー前ではドラマーとしてスタートしている。
聖飢魔Ⅱでは最年長。
「つのだ☆ひろ」のバンド等でギターを弾いていて、既にプロミュージシャンだった為、当初は後輩のバンド活動(早稲田大学軽音楽サークル)を手伝うというスタンスで参加していた。
エース清水自身、早稲田大学法学部卒。 - ルーク篁参謀(ギター) 4作目の大教典「BIG TIME CHENGES」~解散まで
高速かつ正確なギタープレイが特徴で、初代リーダーでもあるダミアン浜田の後継ギタリスト選考において、最後までジェイル大橋と競うものの、ジェイル大橋が選ばれる。
その後にジェイル大橋の脱退で正式にメンバー入りをして現在に至る。
3作目の大教典「FROM HELL WITH LOVE」では紫馬肥の名前で「EL・DO・LA・DO」の作曲をしている。 - ダミアン浜田陛下(Gt)
創始者(初代リーダー) デビュー前に脱退。
現在でもミサに登場する事があり、高校の教師をしていた頃には文化祭でそのギターテクニックを披露していたらしい。 - ジェイル大橋代官(Gt)
2作目の大経典「THE END OF THE CENTURY」〜3作目の大経典「地獄より愛をこめて」まで参加。その後に脱退。
脱退時が円満ではなかった事から、二度と参加は無いと思われていましたが、「オール悪魔総進撃! THE SATAN ALL STARS」にて登場して信者達を驚かせた。 - ゾッド星島親分(Ba)
2作目の大経典「THE END OF THE CENTURY」を最後に脱退。
自身のベーシストとしての技量に限界を感じたという理由と言われている。
泣きながらゼノンの顔にメイクをしている姿を見て、それを陰で見ていたデーモン小暮が号泣したと言われている。 - ゼノン石川和尚(Ba)
ゾッド星島のベースの師匠であり、構成員になる前はBASSの神様(神様から悪魔に?)と呼ばれていた。ライデン湯沢と共に安定感あるリズム隊の要になっている。 - ライデン湯沢殿下(Dr)
パワフルかつテクニカルな技巧派ドラマー。
ゼノン石川とはリズム隊ユニット「RX」としてもCDをリリースしていた。
※時期によってメンバーは変動しています。
■ 主なアルバム(代表作)
- 聖飢魔II〜悪魔が来たりてヘヴィメタる(1985)
- THE END OF THE CENTURY(1986年)
- 地獄より愛をこめて(1986年)
- BIG TIME CHANGES(1987年)
- THE OUTER MISSION(1988年)
- WORST(1989年)
- 有害(1990)
- 愛と虐殺の日々(1991年)
- LIVE! BLACKMASS IN LONDON(1992年)
- 恐怖のレストラン(1992年)
- PONK(1994年)
- メフィストフェレスの肖像(1996年)
- NEWS(1997)
- MOVE(1998)
- 1999 BLACK LIST(1999年)
- 1999 BLOOD LIST(1999年)
- LIVING LEGEND(1999年)
これ以降は極悪集大成盤と称したベストアルバムのリリースが続く。
1. 聖飢魔II〜悪魔が来たりてヘヴィメタる(1985)
早稲田フォークソングクラブから生まれた「聖飢魔II」は、ギタリストで初代リーダーのダミアン浜田が教師として就職が決定していた事から一時的に解散となりました。
解散ミサを終了していたものの、過去に多方面に出していた審査用のテープ音源が審査を通過したと連絡が来て、ライブ審査の打診を受け、既に解散する事になっていたので一応審査員の前でライブ演奏するという流れになりました。
しかし、決勝大会では入賞する事はなく、スーパースランプの活動と並行していたデーモン小暮もこれで聖飢魔IIとしての活動を終えると思っていた矢先に、CBS・ソニーのプロデューサーより連絡が入り「聖飢魔II」を手掛けたいという事になり、非常勤講師として勤務していたダミアン浜田が期間限定で戻り、つのだ☆ひろのバンドのギタリストとして活動していたエース清水がつのだのマネージャーから許可を得てギタリストとしてミサへの参加。
聖飢魔IIの正式なデビューが決定すると、「ダミアン浜田」とドラムの「ジード飯島」が技術的にプロではやれないという理由で脱退を表明する事に。
直前でのメンバーチェンジという問題解決には、デーモン小暮という強烈なキャラクターに託される事になりました。
この頃、小暮の父親は息子に真っ当に就職をしてもらいたかったらしく、バンド活動を続けるデーモンとは絶縁状態になっていたと言われています。
まあ、聖飢魔IIのスタートとなったのが「早稲田大学」のフォークソングクラブなので、その学歴であれば良い会社に就職できると親として思うのは自然な流れだとは思いますね。
「悪魔組曲 作品666番ニ短調」
- 「序曲:心の叫び」
- 「第一楽章:STORMY NIGHT」
- 「第二楽章:悪魔の穴」
- 「第三楽章:KILL THE KING GHIDRAH」
- 「第四楽章:DEAD SYMPHONY」
- 「終曲:BATTLER」
2. THE END OF THE CENTURY(1986年)
作曲はダミアン浜田、ジェイル大橋が手掛ける事になり、この教典でダミアン浜田が作曲した曲のストックが無くなり、この教典に収録されている「FIRE AFTER FIRE」から、第三教典の「地獄より愛をこめて」の曲のほとんどをジェイル大橋が手掛ける事になります。
この教典を最後に自分の技術がプロとして通用しないと自負していたゾッド星島が脱退を表明する事になります。
- 「聖飢魔IIミサ曲第II番「創世紀」」
- 「THE END OF THE CENTURY」(エレキベース カバー)
- 「DEMON’S NIGHT」
- 「悪魔の讃美歌」
- 「JACK THE RIPPER」
- 「蠟人形の館」
- 「怪奇植物」
- 「FIRE AFTER FIRE」(ギター&ベース カバー)
3. 地獄より愛をこめて(1986)
3枚目の大教典。
全体を通してジェイル大橋色の強い作品となっています。
全作品の「蝋人形の館」のヒットから、TV「冗談画報」や「夕焼けにゃんにゃん」などの出演でアイドル的な人気が高まり、所属事務所が音楽事務所であって芸能事務所ではない事から対応に困ったと言われています。
またスケジュール的に忙しくなった事から、作曲の時間が取れない、仕事量に対して給料が安いなどの不満も出始め、そのストレスから判断力が低下した(本人談)デーモン小暮が野外イベントでテントの梁からジャンプして足を骨折し、その後はしばらく電動車椅子を使ってのミサを余儀なくされました。
この大教典からベーシストがゾット星島から師匠のゼノン石川に変わっています。
またバンドとして大きな転換期に差し掛かっていて、それまでのダミアン浜田の曲をアレンジして完成体にするだけの作業から、一から作詞・作曲していかなければならず、TVでの人気からイベント参加が増えて作曲時間も少ない中、メンバーチェンジ、デーモンの怪我と色々な要素が重なって非常に大変な時期だった様です。
またプロデューサーの求める多少コミック的な要素を持った方向性と、コテコテのアメリカンハードロック志向のジェイル大橋の間に軋轢が生まれたり、まだ若くて尖っていたジェイルは、自分の音楽性を追求するあまり他のメンバーのプレイに口出しする事が多く、他のメンバー達もやり難さを感じ始めていました。
プロ意識が強く、納得のいかない曲は出したくないジェイル大橋に対し、レコード会社は「ウケてるんだからOK」という発言をした事、また聖飢魔IIの悪魔というキャラクターが前面に出る為、インタビューなどにおいて音楽的な話しができない等の不満から最終的にジェイル大橋はこの大教典を以て脱退しアメリカに行く事になります。
後に他の構成員達は、
「尖ってはいたけれど、あの時期に大橋の存在が無かったら聖飢魔IIの音楽性が高まる事もなく、単なるコミックバンドの様な存在になっていたかもしれない。」
と語っています。
- 「DEATH LAND」
- 「APHRODITE」
- 「M・O・A・I (MARAE)」
- 「EL・DO・RA・DO」
- 「悪夢の叫び」
- 「魔界舞曲」
- 「アダムの林檎」
- 「秘密の花園」
- 「FROM HELL WITH LOVE」
- 「地獄への階段」
4. BIG TIME CHANGES(1987年)
4作目の大教典で、ここからジェイル大橋に変わってSGT・ルーク篁Ⅲ世が加わります。
元々、ジェイル大橋に決まった時のオーディションで最終選考まで進んでいて、「地獄より愛をこめて」に収録されている「EL・DO・LA・DO」の作曲として参加していたりと以前から聖飢魔IIへの関わりがありました。
ここから解散までの構成員は不動となり、やっとここで聖飢魔IIは完成形になります。
- 「ROCK’N’ROLL PRISONER」
- 「EARTH EATER」
- 「1999 SECRET OBJECT」
- 「FROG NIGHT」
- 「 破れぬ夢の中で」
- 「BIG TIME CHANGES」
- 「NEVER ENDING DARKNESS」
- 「THE FINAL APOCALYPSE」
- 「CREEPING TWILIGHT」
- 「ANGEL SMILE」
5. THE OUTER MISSION(1988年)
5作目の大教典。
プロデュースにレベッカ所属の土橋氏が加わり、悪魔という範囲から宇宙という広い世界観で作られた名盤です。
まだまだ、ミュージシャンとタレントとしてポジションが「50:50」の様な時期で、この大教典によって、もっと音楽性をアピールするといった意味合いがあったと言われています。
その為、土橋はダミアン浜田が作り上げてきた世界観の象徴である「マイナーコード縛り」を解禁して、メジャーコートも使って曲を作ることを提案しポップな曲が増え楽曲に広がりが生まれました。
- 「OVERTURE ~ WINNER!」
- 「LOVE FLIGHT」
- 「RATSBANE」(エレキベース カバー)
- 「害獣達の墓場」
- 「RENDEZVOUS 60 MICRONS’」
- 「THE EARTH IS IN PAIN」
- 「LUNATIC PARTY」
- 「5000光年の彼方まで」
- 「不思議な第3惑星」
- 「THE OUTER MISSION」(エレキベース カバー)
この後に最初の集大成となる大教典「WORST」がリリースされます。
つまりこの5作で初期の聖飢魔IIの一区切りとなる訳です。
実際、自分自身も「WORST」後の作品も持ってはいましたが、今でも聞くのはこの「THE OUTER MISSION」または「WORST」までがほとんどではあります。
その後に演奏力などはさらなる進化を遂げていく聖飢魔IIですが、個人的にこの頃までの試行錯誤しながら作り上げていった感のある作品群が好みですね。