私自身が一番最初に師と仰いだ「江川ほーじん」氏が師と仰いだ「ラリー・グラハム」も使用していたJJ BASS。
爆風スランプからエレキベースを始めた私にとっては、当時のベーシストの「江川ほーじん」は絶対的な存在でした。
当時は今のように動画がいつでも見れる環境ではありませんでしたし、動画があったとしてもプロモーションビデオくらいだったり、テレビに出演した際に録画したものをダビングしてもらったりというレベル。
テレビ出演の際に録画したものなどは、ボーカルが80%でギタリストが10%、ドラムとベースはリズム隊として10%かそれ以下くらいしか映っていなかったりするので、スラップ(当時で言うチョッパー)はどの様にして弾かれているのか?謎過ぎるにもほどがあるってなくらいに分からなかったですね。
その江川ほーじん氏が手本としていたのが「ラリー・グラハム」であり、確かに爆風スランプの曲にはところどころラリー・グラハム的なフレーズが散りばめられています。
そのラリー・グラハムも使っていたJJ BASS。
私のモデルは「MOON JJ-4」カラーはナチュラル(Natural)。
独特のドンシャリ系のサウンドは気に入っています!

見様見真似で何とかスラップで弾いていましたが、ところどころは我流でした。
当時は数少ない映像を何度も見たりしながら何とかかんとかスラップ奏法で練習&ライブをやっていました。
弦を親指で叩く、オクターブ上などのポジションの弦を人差し指で引っ掛けて弾くなどというのは何とか理解していましたが、上から叩くだけでは間に合わないスピードの8ビートの曲や16分音符部分などはどうやって弾けば良いのか皆目見当もつかない状態でいたものです。
その後に見つけた映像で、親指を使った上下のストロークで弾いている事を知り、そこから必死に毎日練習していた高校生時代でした。
加減も感覚も分からないので、何度も親指の第一関節部分の皮が剥けていました。
強めの絆創膏を貼ると痛みは和らぎますが、引っ掛かりが強くなり過ぎるので、薄めのツルツルした絆創膏を貼っていましたが、もう痛いのなんのって…。
少しでも治るとそのまま直に弾いてまた剥ける。
そのうちにその部分がタコになって弾きやすい&頑丈になりました(笑)
その後に「江川ほーじん教則ビデオ ファンクベース」が発売され、もう散々練習しました。
やっとの事で「江川ほーじん」の教則ビデオが発売され、もう速攻で買いました(笑)
白のボディのセイモア・ダンカン時代ですから、あまりの難しさに気が狂いそうになってコピーしていたアルバム「JANGLE」あたりの頃だったのかな?
VHSビデオでしたが、擦り切れる勢いで何度も観て練習していました。
付属の楽譜は、実家を死ぬほど探せば残っている気がするのだが…。
16音符のオクターブ飛びのフレーズはこの教本でもかなり難易度が高いなぁ…と思っていましたが、「東の島にブタがいた Vol.3」のギターソロのところにサラッと使われています。
散々練習したので、割とサラッと弾けます(笑)
折角できた親指のタコですが、その後の多趣味な性格と結婚&子育てのために長期間ベースから離れた為、残念ながら無くなってしまいましたが、今はもう加減を知っているのでそこまでズル剥けになる事も無くなりました。
まあ、結婚してから20年くらいアパート生活だったので、さすがにベースは近所迷惑で弾けなかったので、その間はギターを弾いていました。
アンプ通さないベースは寂し過ぎるので…。
その他にも子供の頃からの趣味にルアー釣りがあったのですが、これも好きが高じてブラックバスのバスプロトーナメントにまで出ていたり、シニアの年齢になってからゴルフを始めたりしたという事も、長期間しっかりと楽器に向き合わなかった原因でもありますね。
それでも全くやらなかった訳ではないので、何とか記憶しているフレーズも多く、音を探しながら何とかまとめたのがアップしている曲になります。
釣りに関しては「バス害魚論」から一気に縮小傾向になったので引退し、その後はゴルフをメインにやっていたのですが、徐々に楽器の比率が高まってきて今に至るという感じです。
興味のある方はこちらのブログもご覧ください。
今は遊びとして弾いているだけですが、またバンド活動もできたら良いなとは思っています。
ムチャクチャ練習していた頃に比べると、若干技術的には下がってきていますが、当時はスラップ中心だったベースもツーフィンガーも積極的に取り入れたことで幅が広がってきたので、遊びレベルでも良いのでまたバンドなどもやってみたいな~とは思っています。
やっぱり生バンドで合わせて弾く楽しさは別格ですからね!
「楽器を趣味にして一生楽しみましょう!」
「40代・50代 シニアから始める趣味|楽器は長く楽しめる趣味です!是非挑戦してみて下さい。」
